鏡里と朝乃山の共通点
思い出の名力士
朝乃山の大関昇進、相撲振りから、時津山という、不運の名力士を思い出させてくれました。
父が相撲好きで、その影響で、私は小学校時代から、相撲ファンとなっていました。
私の記憶が正しければ、父が双葉山や羽黒山のファンだったようで、それぞれが、時津風親方、立浪親方になっていたので、その弟子、鏡里、時津山等、所属力士を応援したのではないかと思います。
親の影響で、自然に、私も応援するようになったと思います。
幼かった私の記憶を見事に蘇るらせてくれた名力士の一人が鏡里です。
鏡里の大関昇進は朝乃山と同じように、幸運だったようです。
当時も、大関昇進の明確な基準はなかったようで、昇進前3場所が30勝が目安になっていたそうです。鏡里は28勝だったが昇進したそうです。
鏡里は1953年1月場所に優勝を果たし、横綱に昇進、その後三度の優勝果たしました。
悲願の全勝優勝は果たせず、何も14勝1敗の優勝でした。横綱としての安定した成績を残した名横綱である事は、紛れもない事実です。
私自身はもの忘れがひどく、昨日などは朝の歯磨きを忘れてしまった程です。しかし朝乃山のお陰で、後期高齢者の私、若かりしの頃の記憶、思い出されました。
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